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Unityでインディゲーム道!

プログラム、Unity初心者がインディゲーム制作を目指して日々思うことなどを書き綴ります。

なぜレトロゲーは無駄に設定が壮大なのか? ゲームを作るうえでの意識。

ゲーム制作 ゲーム評論

 

なぜ無駄に設定が壮大なのか?ゲームにおいて世界観は大事です。でも、それは単にプレイヤーのためのだけのものか?作る側にとっても重要なのではないか?という一つの解釈についてまとめてみました。

 

 

ゲームの中の世界の設定

設定が異様に重厚なもの、重いゲームがあります。 

製作者の自己満足のため、と切り捨ててしまうのは乱暴に思えます。

 

レトロゲームのグラは、今からすればチープで単純なものになってます。

それはもちろん当時の機械の性能の限界によるものです。

しかし人の想像力は今と変わりません。もしかしたら今以上かもしれません。

 

単純なグラと反比例して、設定が無駄に重厚であったり重かったり、壮大であったりということがよくあるわけです。 

ゲームの裏設定とかいうのも一時期流行りましたよね。でもゲームを単純に遊ぶ上では、プレイヤーは気にしないし、知る由もありません。

じゃあなぜにそんな無駄に凝った設定を設けるのか?

 

そうした部分は、実際に自分でゲームを作ってみよう!という立場に立って、初めてその必要性がわかったような気がします。

 

 

ゲームの中身は数字の集まり

ゲームというものは、結局はデータの集合体であり、演算、計算式の組み合わせ、集合体であり、その本質はどちらかと言えばかなり無機質なものです。

ゲームデザイナー、プログラマはそれらを組み合わせて、豊かな感情、躍動感あふれるものにしないといけないわけです。

 

またプレイヤーの操作においても、レトロゲームは特にかなり単純なものになるわけです。そのゲームの操作は下手すれば“作業”になってしまいがちです。 

 

よってゲームの中への感情移入はかなり重要になってくると思います。

 

例えばUnityのチュートリアル“ボール転がし”があります。

 

www.youtube.com

 

チュートリアル中では、ちょっとしたエリアでただ黄色いブロックを集める程度で終わっていますが、いろいろなステージ構成にすることでゲームとして幅が広げることが出来ると思います。

あくまでUnity初心者向けのデモですが、それなりにゲームと作りこむができるだろうということです。

 

しかしプレイヤーの立場からすれば、ただボールを転がすだけでは、そのゲーム内の世界に入れ込むことは事は困難だと思います。

なんで玉が転がっていて、あるいは何のために自分は黄色いブロックを集めているのか?という動機付けがこのままではかなり弱いわけです。

  

それを解決しているのが、パックマンだと思います。あのゲームも結局はボールが小さなボールを集めるだけのものです。しかしパックマンというキャラクターにより、単なる玉集めは『食べる』というより有機的な行為に置き換えられるし、敵キャラがいることで緊張感も出るわけです。狭い通路でパズル性も出ていますよね。シンプルながら奥の深いゲームになっています。

  

 

創作のための求心力

プレイヤーの求心力を得るためにグラフィック、サウンド、音楽といった要素が重要になってくるわけです。 

そして、それらのデザインの根源になるのが、世界観、ストーリー含めた設定というものだと思います。

 

というわけで、壮大の設定がプレイヤーのために用意されているという面ももちろんあるでしょう、がそれだけではないだろうと思うわけです。

 

例えば『ゼビウス』はシューティングゲームですんで、ストーリーはいらないと言えばいらないのですが、しかしわざわざ言葉までも作って、その世界観設定を作り込んでいます。シューティングゲームのためにそこまでするのは例のないことだと思います。

ロードランナーもシンプルなゲームですが、名作レトロゲームのひとつです。

これもやはり『バンゲリング帝国の地下での探検』の話っていう重厚なストーリーがあります。で、この世界観は他のゲームにも受け継がれていたりします。

 

これらは単純にプレイヤーにとって表立って現れるものではないですし、プレイヤーも特に気にすることはないと思います。単純にゲームとして面白いですからね。

なのでそれらの存在価値は、どちらかというと作り手側の意識に強く作用するものなのではないかと個人的には思います。

 

 

ゲームを作り出す原動力

繰り返しますが、ゲームというものは、レトロゲームにしろ最新のゲームにしろ、その中身は全て数字であり、連続した計算の結果によるものです。

本質はコードにあります。コードに基づいた演算により、世界が作られます。

で実際の作業というものは、グラフィックスを除けば、数字であるとか計算などの無機質なものと向き合う必要が出てくるし、それは精神的にツライものだと思います。

かなり非直感的な作業になるわけです。

 

しかし実際に面白いゲームを作るためには、無機質な作業であっても、結果としてできる世界というものを各人が意識して、強いイメージを持つことが重要なのではないだろうか?ということを感じます。世界観を共有することが大切なのだと思います。

 

というわけでそういう強烈な設定を作ることで、開発メンバーの意識を強く統一するという働き、狙いがあるのではないか?という解釈もできなくはないな、という話でした!