Unityでインディゲーム道!

プログラム、Unity初心者がインディゲーム制作を目指して日々思うことなどを書き綴ります。

リアルでの人助けと『ウィッチャー3』| 決断と見返り

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 ひさびさの投稿になります。リハビリがてら、ちょっとした小話というか、ゲームに絡めた雑談を。


 昨日、スーパーに行った時の話。自転車を倒して買ったモノを散乱させたおばあさんに出くわしました。
 さすがに目の前だったので、知らんぷりも出来ません。自転車起こしたり、荷物拾うのを少しお手伝いしたんですけど、その時に思ったのが、あっこれ、ウィッチャーだとモンスターがおばあさんに化けてるか、山賊の仲間かもしれないやつだ!と。

 いや、すいません。悪気はないんです。でも、ウィッチャー3をやった人なら分かってくれると思います。そういう風にモノの考え方に影響を与えるゲームもないよな、って改めて考えさせられます。もう、三年ぐらい経ってるんですよね。

情けは自分のためならず

 ウィッチャーというのは、あくまで職業の一つであって、世間一般から忌避されています。主人公のゲラルトは決して"勇者様"ではない。なにより、物騒で陰惨な中世ヨーロッパな世界観なので、いかにして自分の身を守るか、ということが求められます。

 ウィッチャーでは、そうした自己防衛への意識もロールプレイに含められています。自分の身は自分で守れ。他人に構っている余裕はあるのか?ということです。


 ゲーム内の用意されているミニクエストは、基本的には人助けです。しかし、多くのクエストに共通しているのは、金銭や情報を得るためのビジネスだということ。そして、純粋な正義も悪もないし、善かれと思ってやったことが必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。

 ここがウィッチャーの肝かもしれません。プレイヤーは決断を迫られますが、それか正しいのかどうかは、どんな選択にしろ明確に判断することが難しい。痛い目にあったり、裏目に出たりする。そういう構造になっています。

見返りを求めない

 で、話をおばあさんに戻しますけど、声をかける前に瞬間的にフッとそのようなことが思い浮かんだんです。
 
 でも、実際今回はものを拾うくらいなので全然いいんですけど、人助けやったつもりが善くない結果をもたらしたり、自分がひどい怪我をしてしまったり、っていうのは全然ありえますよね。
 だから、ウィッチャーでの経験を活かして、少しだけ考えてから行動する、というのもいいのかもしれませんね。とは、言ってもほぼ瞬間的におばあさんに大丈夫ですか?って声をかけたんですけどね。善いことしたつもりではいるんですけど、それが裏目に出ることもあるかもしれない、という意識はどこかで持っていた方がいいなと思いました。


 もし誰かを瞬間的に助けようとして、その結果、自分が取り返してのつかない怪我をしてしまったりした時、納得できるのでしょうか、それとも、後悔するのでしょうか。

 ウィッチャー3からは、それでも自分の信じた道を進め、自分の決断を受け止めろ、と教わりました。

 以上です。